人事・労務のサポートを受けたいと考えている方に向けて、労働契約書違反について解説する記事です。
働き方改革が実施され労働者への保障が手厚く保護されるようになった今、従業員から企業への目も厳しくなってきています。企業に対して「労働基準法違反では?」「雇用に関する説明が不足している」と感じている従業員も少なくないようです。
そこで今回の記事では、労働契約書に違反した場合の罰則やよくある違反事例についてご紹介していきます。参考にしていただければどのように違反を避け、適切な雇用が実現できるのかおわかりいただけるはずです。
労働契約書とは
「労働契約書」とは労働基準法で定められる「労働者に対する賃金・労働条件の明示」を行うための書類です[1]。労働基準法第15条には次のように記載されています。
(労働条件の明示) 第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
上記の法令を遵守するには労働契約書を交わさなければなりません。労働者に対して雇用者がどのくらい賃金を支払うのか、どのような条件のもとで労働をすることになるのかを明確に書面化したものが労働契約書です。
労働契約を締結する際に押さえておきたい法律
労働契約を締結する際には、次のような法律を押さえておきましょう。
【押さえておきたい法律】
- 労働基準法
- 労働契約法
- パートタイム ・有期雇用労働法
- 社内規定
まずは労働契約書における基準となる労働基準法の内容を把握しておきましょう。また労働契約法では労働者と雇用者が対応になるように合意することが記載されていますので、労働契約法も押さえるべき法律のひとつです。パートタイムやアルバイトで人を雇用するなら、パートタイム・有期雇用労働法について知っておく必要もあります。
また法律ではありませんが、社内規定の内容を押さえ、規定に沿った内容にすることも大切でしょう。労働契約を交わす際には、ご紹介した4つの法律・規定を遵守したうえでの契約を交わさなければなりません。
労働契約に違反するとどうなる?
それでは労働契約書を作成して労働契約を交わした後に、企業が労働契約に違反が発覚したらどうなるのでしょうか?
①従業員は労働契約を解除できる
労働契約書に対する違反があれば、従業員は労働契約を解除できるようになります。
2.明示された労働条件が事実と相違している場合、労働者は即時に労働契約を解除することができます。
上記に記されているように、労働条件が契約と違ったなら、従業員はすぐに契約解除の要求が可能。 たとえば労働契約書に記載されている賃金や休日と実際の条件が違う場合などが考えられます。実際の条件と雇用契約書との相違により違反があったとされるためです。
②労働基準監督署から是正勧告される
労働基準監督署から是正勧告を受けることもあるでしょう。厚生労働省では労働契約に関する制度として、是正勧告を行う可能性があることを明示しています。
労働基準法に基づき、違反があった場合には労働基準監督署において是正の監督指導等を行うもの
もし是正勧告を受けたなら、違反事項への改善措置をとり、改善結果を労働基準監督署に報告する義務が生じます。もし指定された期日に行われない場合は、次の項目で解説するように罰則が適用されることもあるでしょう。
③改善されない場合は罰則が適用される
労働基準監督署から勧告を受けたにも関わらず改善されない場合は、罰則が適用されることがあります。
是正勧告に従えば罰則にまではいたりません。しかし改善されないと判断された場合は、懲役刑や罰金が課されることもあるため、勧告を受けたら指定された期日までに改善策を練り、改善されたとの報告を提出する必要があります。
労働契約に違反した場合の罰則
適用される罰則は違反内容によって違いますが、労働基準法に記載されている罰則は次のとおりです。
【罰則[2]】
- 第117条:1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金
- 第118条:1年以下の懲役または50万円以下の罰金
- 第119条:6か月以下の懲役または30万円以下の罰金
- 第120条:30万円以下の罰金
労働契約書違反を改善しないことは犯罪であることがおわかりいただけるでしょう。労働契約書違反を行わないことはもちろん、違反を指摘されたら従うようにしてください。
労働契約の違反事例
労働契約書に違反すると罰則が課されることがあると解説しました。しかしやはり労働契約違反を行う企業は見受けられます。
これから自社で違反を起こさないために、どのような違反事例があったのか確認していきましょう。ご紹介するような内容が違反にあたると認知しておけば、違反してしまったことによるデメリットを防げるはずです。
①性別や国籍を理由にした労働条件の差別
労働契約書に違反する事例として多く見られるのが、性別や国籍を理由にした差別です。 「女性だから」「外国人労働者だから」との理由で労働条件を変えると「差別」とみなされ、雇用契約違反となります。労働基準法第3条・第4条には次のように記されています。
(均等待遇) 第三条 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。 (男女同一賃金の原則) 第四条 使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。
国籍・性別・社会的身分によって賃金を変えたり、労働時間を変えたりすることは労働基準法違反です。日本も男女雇用均等法によって女性に対する差別は軽減されましたが、やはり無意識下で女性を差別してしまっているケースも少なくありません。
「雇用者は性別に関係なく雇用すべき」との認識を新たにすれば、均等な待遇としやすくなるでしょう。
②法定労働時間の超過
法定労働時間の超過も労働契約書違反のひとつです。
- 今回の改正によって、法律上、時間外労働の上限は原則として⽉45時間・年360時間となり、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることができなくなります。
- 臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(特別条項)でも、以下を守らなければなりません。
- 時間外労働が年720時間以内
- 時間外労働と休⽇労働の合計が⽉100時間未満
- 時間外労働と休⽇労働の合計について、「2か⽉平均」「3か⽉平均」「4か⽉平均」「5か⽉平均」「6か⽉平均」が全て1⽉当たり80時間以内
- 時間外労働が⽉45時間を超えることができるのは、年6か⽉が限度
いわゆる「残業」を依頼する際には、上記のルールを守らなければ労働契約違反となります。罰則は6か月以下の懲役または30万円以下の罰金です。
働き方改革によって法定労働時間の超過に関するルールは厳しくなりました。法定労働時間は年間・複数月平均・月時間の上限を超えないように設定しましょう。
③給与が最低賃金未満
最低賃金未満の給与しか与えないことも違反のひとつとなるため注意してください。
最低賃金は都道府県ごとに決められています。たとえば2025年5月現時点で東京であれば1,163円あり、大阪では1,114円です[3]。沖縄は952円、北海道は1,010円とエリアごとに違いがあります[3]。
事業所のあるエリアの最低賃金をチェックして、下回らないように給与を設定してください。
④残業代・深夜・休日手当の未払い
残業代・深夜手当・休日手当の未払いも労働契約違反になるため注意したいところです。
もし労働契約書にこれらに関する記載がなかったとしても、支払わなくても良いわけではありません。労働基準法では時間外・休日・深夜に対して次のような割増率で賃金を支払わなければならないとしています[4]。
時間外手当 |
法定労働時間を超えた場合 |
25%以上 |
限度時間以上の時間外労働 |
25%以上 |
|
1か月あたり60時間以上の時間外労働 |
50%以上 |
|
休日手当 |
週1日の法定休日労働が生じたとき |
35%以上 |
深夜手当 |
22時から5時までの勤務であったとき |
25%以上 |
したがって「労働契約書に記載していないから」との理由で、支払わなければ違反となります。割増賃金は契約時の取り決めになかったとしても支払いましょう。
⑤規定の休憩時間の未付与
休憩時間を付与しないことも労働契約書違反のひとつです。人を雇用する場合、休憩時間を保障しなければなりません[5]。労働基準法第34条を見てみましょう。
第三十四条 使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少なくとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。
法律で定められているとおり、労働時間に応じた休憩時間を与えなければなりません。たとえば「休憩中に来客対応をする時間」は休憩には該当しませんので、休憩時間を別途付与するなどの対応が必要です[5]。
⑥妊娠・出産期の労働者に対する休暇の未付与
妊娠・出産をする労働者に対して休暇を付与することは企業に課せられた法的義務にあたります。労働基準法によって妊娠・出産に関する休暇は次のように定められています。
【妊娠・出産にまつわる休暇について[6]】
- 出産予定日の6週間前から従業員の請求により取得できる
- 双子以上の場合は出産予定日の14週間前から従業員の請求により取得できる
- 出産日の翌日から8週間は就労させられない
- 出産日から6週間が経過すれば本人の請求と医師の許諾により就労させられる
- 1歳未満の子どもを養育する従業員は休業できる
- 父母ともに育児のための休暇を取得するなら子どもが1歳2ヶ月になるまでの間に1年間休暇を取得できる
- 保育所に入れないなどの条件を満たす場合は子どもが1歳6か月になるまで休暇を延長できる
妊娠・出産にまつわる休暇は複雑です。しかし最大で出産の14週間前から、出産後1年6か月にわたるまで休暇を取得できることになります。従業員の希望を聞きながら、労働契約に違反しないように休暇を取らせるようにすることが大切です。
⑦予告がない突然の解雇
予告がない突然の解雇も労働契約書違反となる可能性があります。労働契約法第16条では、次のように定められているためです。
(解雇) 第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
従業員が規律違反や犯罪に手を染めたときの懲戒処分や、勤務態度が著しく悪いため解雇を行うなら問題ないケースがほとんどです。しかし客観的に見て解雇をする理由がない従業員を突然解雇してはなりません[7]。
解雇に関しては法令上の制限が詳細に規定されています[7]。すべての項目を把握したうえで、法令違反にならないように適切な解雇を行うようにしてください。
⑧違約金・賠償金の請求
企業によっては従業員への違約金・賠償金の請求を行うところがありますが、違約金や賠償金の請求も労働契約違反です。
(賠償予定の禁止) 第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
労働基準法第16条では従業員への損害賠償請求を認めていません。労働契約どおりにならなかったとしても、損害賠償を求めることは違反であるとみなされます[7]。
⑨労働条件の不明示
労働条件の不明示も違反と見なされることがあります。「労働契約書違反を避けるために労働条件を不明示にする」のは違反です。
従業員を雇用する際には、基本的な労働条件を明らかにした雇用契約書を交わさなければなりません。従業員に明示しなかったとしても、労働基準法や労働契約法に違反していれば違反とされます。
労働契約の違反を回避するための対策
それでは労働契約の違反を回避するための対策法について見ていきましょう。
労働契約書を交わしても、違反と見なされる場合があります。しかし、次の4つのポイントを意識することで、是正勧告や処罰を回避できます。
ポイント①労働条件を記載した労働契約書を作成する
まずは労働条件のすべてを記載した労働契約書を作成して、従業員との間で取り交わしてください。書面として条件を残してサインや捺印を行うことにより、「当該の条件によって契約が成立した」ことを記録できます。
ポイント②専門家に労働条件をチェックしてもらう
専門家に依頼して、労働条件をチェックしてもらうことも方法のひとつです。
弁護士や社会保険労務士など、雇用に関する法律の専門家に雇用契約書や労働契約書を確認してもらうことで、法令違反を未然に防ぐことができます。
ポイント③従業員に労働条件を説明する
労働契約の条件を従業員に説明することで、双方が内容を理解し、納得したうえで契約を締結できます。
たとえ違反していない労働契約書を渡したとしても、従業員がすべてを把握しているとは限りません。すべてを読まずにサインや捺印をしてしまい、後からトラブルになることもあるかもしれません。そのため契約の際に、労働条件を説明するようにしてください。
ポイント④勤怠管理システムを取り入れる
最後に、勤怠管理システムを取り入れることも、労働契約違反を防ぐ有効な方法です。
労働契約書違反は時間外労働で生じることもあります。しかし勤怠管理システムを導入すれば、従業員ごとの労働時間が一目瞭然。勤怠管理を適切に行えるようになるため、気づかないうちに労働契約書違反を起こしてしまう可能性が低くなります。
労働契約書に違反しないためには適切な対処を
いかがでしたでしょうか?この記事を読んでいただくことで、労働契約書の違反についてご理解いただけたと思います。企業が労働契約に違反すると、労働基準監督署から是正勧告を受けたり、懲罰を課されたりすることもあるため細心の注意が必要です。
HRプラス社会保険労務士法人では人事・労務問題を得意としており、企業規模を問わず顧問させていただきます。労働契約書違反を避けたいと考えられているなら、ぜひお気軽にご相談ください。
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参照:厚生労働省:(PDF)しっかりマスター労働基準法割増賃金編
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参照:厚生労働省:(PDF)3 産休と育休のこと 4 産休・育休中のお金のこと
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コラム監修者

特定社会保険労務士
佐藤 広一(さとう ひろかず)
<資格>
全国社会保険労務士会連合会 登録番号 13000143号
東京都社会保険労務士会 会員番号 1314001号
<実績>
10年以上にわたり、220件以上のIPOサポート
社外役員・ボードメンバーとしての上場経験
※2024年支援実績:労務DD22社 東証への上場4社
アイティメディア株式会社(東証プライム:2148)
取締役(監査等委員)
株式会社ダブルエー(東証グロース:7683)
取締役(監査等委員)
株式会社Voicy監査役
経営法曹会議賛助会員
<著書・メディア監修>
『M&Aと統合プロセス 人事労務ガイドブック』(労働新聞社)
『図解でハッキリわかる 労働時間、休日・休暇の実務』(日本実業出版社)
『管理職になるとき これだけはしっておきたい労務管理』(アニモ出版)他40冊以上
TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』監修
日本テレビドラマ『ダンダリン』監修
フジTV番組『ノンストップ』出演