労働形態の改善を検討されている人事・労務担当の方に向けて、1年単位の変形労働時間制について解説します。
「1年単位の変形労働時間制を導入したい」と考えても、時間外労働や労働者への負担、制度の概要などを十分に理解できていない方は少なくありません。
そこで今回の記事では、1年単位の変形労働時間制について基礎から応用まで詳しく解説していきます。
参考にしていただければ、自社での制度の活用方法や導入方法についてご理解いただけるはずです。
1年単位の変形労働時間制の定義
「1年単位の変形労働時間制」とは、一定期間の労働時間を平均して、法定で定められた労働時間の枠内で柔軟に労働時間を設定できる制度です[1]。労使協定で定めたうえで、労働基準監督署長に届け出ることで採用できます[1]。
法定では労働時間は次のように定められているため、使用者は下記の条件を守らなければなりません。
【法定上の労働時間[2]】
- 1日8時間を超過しないこと
- 1週間に40時間以上を超過しないこと
しかし1年単位の変形労働時間制を採用すると、上記の時間を一時的に超える労働を求めることが可能になります。たとえば1日10時間、1週間50時間の労働を求めることもできます。その場合は対象期間内の他の日の労働時間を短くし、総労働時間が法定の枠内に収まるよう調整する仕組みです。
ただし次のような条件を守らなければなりません。
1)対象期間を1か月を超え1年以内とし、 2)対象期間を平均し、1週間当たりの労働時間が40時間を超えない範囲内で、 3)1日10時間、1週52時間以内(対象期間が3か月を超える場合、1週48時間を超える週の数について制限あり)、連続して労働させる日数の限度が6日(特定期間については1週に1日の休日が確保できる日数) 4)対象期間における労働日及び当該労働日ごとの労働時間を特定するとともに、 5)労使協定の有効期間を定める
上記の条件を守ったうえで、法定労働時間を一時的に超える勤務を認められるのが1年単位の変形労働時間制です。
1年単位と1か月単位の違い
変形労働時間制には1か月単位の制度もあり、1年単位との違いは労働時間の平均を計算する対象期間の違いにあります。対象期間の違いは下記のとおりです。
【対象期間の違い】
- 1か月単位:1か月以内の一定期間を平均する
- 1年単位:1か月を超え1年以内の一定期間を平均する
1年単位の変形労働時間制では、対象期間を1か月を超えて1年以内とします。一方、1か月単位の制度では1か月以内で労働時間を平均して計算するため、期間の設定方法に明確な違いがあります。
対象期間・特定期間とは?
1年単位の変形労働時間制では、「対象期間」「特定期間」と呼ばれる2つの期間が定められます。採用するなら、2つの期間の概要について知っておくことも重要です。それぞれについて詳しく見ていきましょう。
対象期間
対象期間とは、変形労働時間制の適用対象となる期間のことです。適用対象となる期間内で労働時間を平均すれば、法定上の労働時間を超過した労働をさせられます。
1年単位の変形労働時間制であれば、1か月を超え、1年以内の対象期間であることが求められます。対象期間は使用者が決定し、平均労働時間を算出する基準となります。
たとえば3月1日から5月31日までとした場合は3か月間が対象期間となります。3月1日から12月31日までとしたなら、9か月間が対象期間です。1か月を超えて1年以内であれば、都合の良い期間を対象期間として設定できます。期間内の労働時間を平均した結果、規定の労働時間を超えないようであれば変形労働時間制が認められます。
以上のように対象期間とは、変形労働時間制のための労働時間を算出する期間であると言えるでしょう。
特定期間
特定期間とは、労使協定で定められた対象期間の中の繁忙期を指します。通常は連続勤務は最長6日までと定められていますが、特定期間に限っては6日を超える連続勤務も許容されます。
たとえばチョコレートを販売する店舗では、バレンタインデー前後が繁忙期にあたります。そのため2月4日から2月14日までの連続勤務も制度上認められます。
職種によっては特定の期間だけ業務量が急増する場合があります。そのため、連続労働日数の上限を超えた勤務を可能とする特定期間が設けられています。
1年単位の変形労働時間制における残業時間の数え方
それでは1年単位の変形労働時間制における残業時間の数え方について見ていきましょう。数え方は1週間あたりと1年間あたりの2種類があります。また所定労働時間数が法定労働時間未満になったケースと、休日の考え方についても知っておくべきです。
週あたりの残業時間の数え方
1週間あたりの残業時間を数えるときには、1日8時間または1週間40時間を超過した分を残業とします。法定労働時間総枠から超過した分が残業時間です。
たとえば本来の勤務時間が10時出社、20時退勤の場合で考えてみましょう対象期間内の1週間のうち、4日間が9時出社、20時退勤であった場合は、合計で4時間の残業が発生します。
しかし変形労働時間制による残業時間と、所定労働時間による残業時間は重複しません。厚生労働省からの文書には、1年単位の変形労働時間制の割増賃金の支払いについて下記のように記されています。
①1日の法定時間外労働→労使協定で1日8時間を超える時間を定めた日はその時間、それ以外の日は8時間を超えて労働した時間 ②1週の法定時間外労働→労使協定で1週40時間を超える時間を定めた週はその時間、それ以外の週は1週40時間を超えて労働した時間(①で時間外労働となる時間を除く。) ③対象期間の法定時間外労働→対象期間の法定労働時間総枠(40時間×対象期間の暦日数÷7、前記2ページ参照)を超えて労働した時間(①または②で時間外労働となる時間を除く。)
1年単位の変形労働時間制を導入しても、残業代の計算が二重になることはありません。法定時間外労働に該当する部分を除外し、その分について残業代を支払う必要があります。
年間あたりの残業時間の数え方
年間あたりの残業時間は、各期間中に発生した労働時間の超過分を合算して算出します。対象期間内に発生した残業時間が、年間の残業時間として換算される仕組みです。
たとえば3月1日から12月31日が対象期間であったとして、「始業が9時、終業が18時」と定められている職場だとします。そして4月度の5日間と6月度の5日間が「始業が9時、終業が19時」であるケースで考えてみましょう。
4月度・6月度ともに5日間ずつ1時間の残業をしています。いずれも対象期間内であるため、対象期間内の年間残業時間は10時間です。
所定労働時間が法定労働時間未満の場合
所定労働時間が法定労働時間未満の場合は、法定労働時間を超過した分が残業時間となります。所定労働時間を超過しても問題ありません。
たとえば1日6時間、週に4日間の所定労働時間であった場合、労働時間が毎日1時間プラスされたとしても1週間あたり28時間の労働となります。法定労働時間は1週間40時間であるため、この場合に残業代は発生しません。
1年単位の変形労働時間制における休日の考え方
1年単位の変形労働時間制においての休日とは、次の計算式で算出され、所定労働時間に従って決めましょう。
【計算式】 {(1日の所定労働時間×7日)-(40時間÷1日の所定労働時間×7日)}×年間日数(365日またはうるう年の場合は366日)
上記は年間休日日数を算出するための計算式です。計算結果は所定労働時間の長さに応じて、必要な年間休日日数として整理されます。
1日の所定労働時間 必要な年間休日日数 1年365日の場合 1年366日の場合 8時間00分 105日 105日 7時間45分 96日 97日 7時間30分 87日 88日
必要な年間休日日数は所定労働時間により変わります。まずは所定労働時間を把握したうえで計算し、年間の休日日数を算出してください。
1年単位の変形労働時間制のメリット
1年単位の変形労働時間制の導入は、繁忙期と閑散期が分かれている職種で人手を確保するのに役立つ仕組みです。しかしその他のメリットもあります。
これから1年単位の変形労働時間制導入を検討しているなら、メリットを把握したうえで導入すべきかどうかを検討してください。
メリット①残業費用を削減できる
まずひとつめのメリットとして、残業費用を削減できることがあげられます。1年単位の変形労働時間制では、対象期間内の労働時間を平均することで繁忙期の残業費用を抑えられます。労働時間の調整によって、繁忙期と閑散期の差を吸収でき、人員配置の無駄を抑えられます。
もし一般的な労働形態であれば、閑散期の労働力が多すぎて、繁忙期は残業費用を支払い労働力を確保しなければならなくなります。結果的に企業が支払う残業代が増えることにより、人件費が高額になりがちです。
1年単位の変形労働時間制を導入すれば、残業費用を削減できる可能性が高まります。繁忙期・閑散期が明確に分かれている職種であれば、大きなメリットとなるのではないでしょうか。
メリット②労働者の休息時間が増える
労働者の休息時間が増えることもメリットであると言えます。ひとつ前の項目で解説したように、閑散期の労働時間を短くできるためです。
閑散期は企業にとって人手がそれほど必要ではない時期です。しかしどの時期も労働時間が一律であれば、所定労働時間によって労働者は働かなければなりません。
しかし1年単位の変形労働時間制であれば、労働者は閑散期に十分な休息を確保できます。休息時間を確保できれば、労働者は繁忙期により集中して業務に取り組める可能性があります。年間の休息時間が増えることは、企業にとっても、労働者にとってもメリットになり得ます。
1年単位の変形労働時間制のデメリット
1年単位の変形労働時間制のメリットをご紹介しましたが、やはりデメリットもあります。制度を導入したものの、デメリットの方が大きく後悔することがないよう、事前にデメリットについても知っておきましょう。
デメリット①就業規則を改定しなければならない
まずは就業規則を改定しなければならないことがあげられます。1年単位の変形労働時間制を導入するには、労使協定を定めなければなりません。つまり就業規則を改定する必要性が生じます。
そのため就業規則を改定する手間や工数が必要となることを知っておいてください。導入までに一定の準備期間が必要となるため、即時に運用を開始することはできません。
デメリット②労働時間の管理が複雑化する
労働時間の管理が複雑化することもデメリットのひとつでしょう。1年単位の変形労働時間制を導入すると、対象期間内すべての労働時間を管理しなければなりません。週単位の管理が必要となることもあります。
今までは時間外労働分も含めて1か月ごとの労働時間を管理すれば良かったはずです。しかし導入によってより長期にわたる労働時間管理を行わなければならなくなると、人事部など勤怠管理を担当する部署の負担が増える可能性があります。
1年単位の変形労働時間制の手続き
1年単位の変形労働時間制の導入にはデメリットもありますが、やはりメリットのほうが大きいと感じることもあるかもしれません。導入する際には、どのような手順を踏むべきかを確認しておきましょう。
ここからは1年単位の変形労働時間制の手続きについてご紹介していきます。導入方法の参考としてぜひご覧ください。
労使協定に定める内容
まずは労使協定に定める内容から解説していきます。変形労働時間制を導入するには、労使協定に制度の詳細について記さなければなりません。重要となるのは次の2つのポイントです。
労使協定の記載事項
労使協定への記載が必要であるとされているのは次のような事項です。
1)対象期間を1か月を超え1年以内とし、 2)対象期間を平均し、1週間当たりの労働時間が40時間を超えない範囲内で、 3)1日10時間、1週52時間以内(対象期間が3か月を超える場合、1週48時間を超える週の数について制限あり)、連続して労働させる日数の限度が6日(特定期間については1週に1日の休日が確保できる日数) 4)対象期間における労働日及び当該労働日ごとの労働時間を特定するとともに、 5)労使協定の有効期間を定める
上記5つのポイントを記載することが求められます。労使協定に誤った内容を記載すると、労働基準監督署長から許可が下りない可能性があります。規定に従って記載しましょう。
対象期間を1か月以上の期間に区分する場合
1年単位の変形労働時間制で対象期間を1か月以上とする場合、次の事項を定めなければなりません。
【定めるべき事項[3]】
- 最初の期間の労働日
- 最初の期間の労働日ごとの労働時間
- 各期間ごとの労働日数と日ごとの労働時間
- 総労働時間
労使協定で対象期間を1か月以上にした場合は、期間ごとに区分し、細かく労働日と労働時間を定めなければなりません。最初の期間については労働日と労働時間をカレンダーなどで定めておきましょう。
そしてその後の期間では、労働日数と総労働時間を決めるようにしてください。最初の期間ほど明確に示す必要はなく、枠組みだけ決めておけば、期間中の詳細はあとから決められます。
対象期間を1か月以上の期間に区分するなら、労使協定には最初の期間について、より詳細に記載する必要があると知っておいてください。
就業規則に定める内容
続いては就業規則に定める内容について見ていきましょう。1年単位の変形労働時間制を採用するなら、労使協定とともに就業規則にも必要事項を記さなければなりません。特に次の事項は必ず記しましょう。
【必ず記したい事項】
- 始業時刻
- 終業時刻
- 休憩時間
- 休日
- 労働条件
始業時刻、終業時刻、休憩時刻、休日は、労働基準法により記載が義務付けられている事項です。1年単位の変形労働時間制では、あわせて労働条件も明記しなければなりません。
就業規則の規定例
それでは就業規則の規定例について、具体的に見てみましょう。
第○条 1年単位の変形労働時間制の労働日ごとの所定労働時間は8時間とし、始業・終業の時刻および休憩時間は次のとおりとする。 始業時刻:午前8時 終業時刻:午後5時 休憩時間:正午から午後1時 (休日) 第○条 休日は、1週間の労働時間が1年を平均して40時間以下となるよう労使協定で定める年間カレンダーによるものとする。
上記の例では、始業時刻・終業時刻・休憩時間・休日が明記されています。1年単位の変形労働時間制によって、どのような条件で労働することになるのか、就業規則にしっかりと明記しましょう。
変形労働時間制に36協定は必要あるのか
変形労働時間制では、ケースによって36協定が必要である場合、不要となる場合にわかれます。変形労働時間制で定められている範囲内で労働を課すのであれば不要です。しかし変形労働時間制で定められた労働時間を超過し、休日の労働を課すのであれば36協定が必要となります。
36協定とは、1日または1週間の労働時間を超過する場合や休日労働を課す場合に締結し、労働基準監督署に届出なければならないものです[4]。労働時間や休日労働に関して定められた協定です。
届出が必要であるかどうかは各企業の変形労働時間制による労働状況により変わります。これから導入を検討されているなら、36協定が必要であるか不要であるか、労働時間を計算し、判断したうえで採用することが大切です。
1年単位の変形労働時間制を導入する際のポイント
1年単位の変形労働時間制を導入するなら、次のようなポイントに気をつけましょう。 【ポイント】
- 自社が変形労働時間制に適した形態であるか
- 労働者の負担にならないか
- 労使協定を締結したうえで労働基準監督署に申請する
1年単位の変形労働時間制は、職種や企業によっては非常に便利な制度です。しかし企業によっては向いていないこともあります。変形労働時間制の概要を把握したうえで、自社に適した制度であるかどうかを判断したうえで採用してください。
また労働者の負担にならないか考慮することも重要です。変形労働時間制は企業にとって、残業費用を削減できるメリットがあります。しかし労働者への負担が増えることもあるでしょう。繁忙期の負担が大きくなりすぎないように配慮しなければなりません。
そして最後に注意すべきポイントは、労使協定を締結したうえで労働基準監督署に申請することです。企業と労働者との契約が完了したうえで申請するようにしてください。変形労働時間制を導入するなら、ご紹介した3つのポイントに注意しましょう。
変形労働時間制とフレックスタイム制との違い
変形労働時間制とフレックスタイム制の違いは、労働者の自由度の高さにあります。変形労働時間制は始業・就業時間が決まっています。しかしフレックスタイム制は、ある程度の幅において始業・就業時間は労働者の自由です。企業による制約を受けるものではありません。
フレックスタイム制とは?
フレックスタイム制とは、始業時間・就業時間をある程度、労働者自身が決められる制度のことです。総労働時間を満たしていれば、始業・就業時間に幅を持たせても構わないとされる制度のことを指します。
たとえば9時始業・18時終業の労働者もいれば、同じ職場に10時始業・19時終業の労働者もいるかもしれません。また変形労働時間制のように、繁忙期・閑散期などの企業の都合によって、労働量が増減することもありません。
あくまでも労働者自身のワークライフバランスを整え、始業時間・就業時間の自由度を高める労働形態がフレックスタイム制です。
労働時間の定め方
労働時間は労使協定によって定められます。労使協定では総労働時間が決められており、かつ「1日で必ず労働しなければならない時間」が決められているものです。
つまり始業時間・就業時間はある程度労働者の自由になるものの、労働の中心となる時間帯(コアタイム)は定められているため、コアタイムを中心として労働時間を定めます。
導入手続き
フレックスタイム制を導入する際には、就業規則で制度導入を明記したうえで、労使協定を締結しましょう。期間中の労働時間や標準的な1日の労働時間を労使協定に記載し、就業規則に始業・終業の時刻が自由であることを記載してください。届出は必要ありません。
1年単位の変形労働時間制は仕組みと手続きを知ったうえで導入を
いかがでしたでしょうか? この記事を読んでいただくことで、1年単位の変形労働時間制についてご理解いただけたと思います。 対象期間内で柔軟に人員配置を行い、人材雇用における無駄やコストを削減できるのが変形労働時間制のメリットです。
しかし仕組みが複雑なため、導入の手順に迷われる方もいらっしゃるかもしれません。 HRプラス社会保険労務士法人では、1年単位の変形労働時間制に関するご相談も承っています。導入を検討される際はご相談ください。
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[3]
参照:厚生労働省: 3. 変形労働時間制(1か月を超え1年以内の期間を対象期間とするもの)について【労働基準法第32条の4、第32条の4の2関係】
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コラム監修者
<資格>
全国社会保険労務士会連合会 登録番号 13000143号
東京都社会保険労務士会 会員番号 1314001号
<実績>
10年以上にわたり、220件以上のIPOサポート
社外役員・ボードメンバーとしての上場経験
※2024年支援実績:労務DD22社 東証への上場4社
アイティメディア株式会社(東証プライム:2148)
取締役(監査等委員)
株式会社ダブルエー(東証グロース:7683)
取締役(監査等委員)
経営法曹会議賛助会員
<著書・メディア監修>
『M&Aと統合プロセス 人事労務ガイドブック』(労働新聞社)
『図解でハッキリわかる 労働時間、休日・休暇の実務』(日本実業出版社)
『管理職になるとき これだけはしっておきたい労務管理』(アニモ出版)他40冊以上
TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』監修
日本テレビドラマ『ダンダリン』監修
フジTV番組『ノンストップ』出演