人事・労務担当の方に向けて、フレックスタイム制における労使協定について解説します。
定時制の企業がフレックスタイム制を導入するとなると、さまざまな悩みが出てくるはずです。「精算期間とは?」「労使協定は必ず労基署に提出しなければならない?」「適法とするにはどのような仕組みが必要か?」など。
そこで今回は、フレックスタイム制の労使協定について、規定すべき事項や必要事項、注意点について解説します。参考にしていただければ、フレックスタイム制の仕組みと労使協定で定めるべき内容をご理解いただけるはずです。
フレックスタイム制とは?
「フレックスタイム制」とは総労働時間を満たせば、労働者が始業時間・終業時間をある程度自由に決められる仕組みのことです[1]。従来の働き方では、従業員全員が同じ始業時間・終業時間に沿って働いていました。しかしフレックスタイム制では、たとえば次のような従業員が同じ職場で働くことになります。
【一例】
- 9時に出勤して18時に退社する
- 10時に出勤して19時に退社する
- 1日は11時に出勤して18時に退社し、2日は9時に出勤して20時に退社する
いずれも総労働時間を満たしており、平均すると「1日8時間労働」となります。しかし始業時間や終業時間は労働者のライフスタイルにあわせて自由に設定できるのがフレックスタイム制です。
フレキシブルタイムとコアタイム
フレックスタイム制を理解するには「フレキシブルタイム」と「コアタイム」の考え方を知っておくことも大切です。両者の概要について確認しておきましょう。
【概要[1]】
- フレキシブルタイム:出社・退社が自由な時間帯
- コアタイム:必ず勤務していなければならない時間帯
フレックスタイム制では始業時間・終業時間を労働者が自由に決められるとは言え、やはりある程度の制限が生じます。日中はコアタイムが中心となり、始業時間前後と終業時間前後がフレキシブルタイムとなるのが一般的でしょう。
たとえば9:00~11:00、18:00~20:00がフレキシブルタイムであり、11:00~18:00がコアタイムであるなどです。もちろん間に休憩時間も挟みます。フレックスタイム制は完全に出退社が自由なわけではなく、制限の中で労働者のライフスタイルにあわせて調整できるシステムです。
フレックスタイム制の導入に必要な要件
フレックスタイム制を導入するには、2つの必要な要件があります。これからの導入を検討しているなら、次のような準備をしたうえでフレックスタイム制導入を進めましょう。
要件①就業規則への明記
まずは就業規則に明記することです。始業時間や終業時間、フレキシブルタイムやコアタイムに関しても記載しておきましょう。そしてフレキシブルタイムの中で、始業時間や終業時間が労働者によって、ある程度自由になることも記載しておくべきです。
就業規則に明記することは、フレックスタイム制が導入されているという法的根拠ともなります。導入を検討しているのであれば、就業規則に明記することが不可欠です。
要件②労使協定に所定の事項を記載
労使協定に所定の事項を記載することも重要なポイントのひとつとなります。フレックスタイムの基本は労使協定で定められるため、制度導入のためには欠かせない手順です。
労使協定とは、使用者と労働者の間で締結される協定のことです。法律で定められている制度ではありませんので、フレックスタイム制を導入するなら協定を締結し、労働基準監督署に届出なければなりません[1]。もし届出をせずにフレックスタイム制を導入すると、罰則が課せられることもあります。
1か月を超える期間を精算期間とする場合、労使協定にフレックスタイム制に関する記載をしなければなりません[1]。
フレックスタイム制で労使協定が不要なケース
フレックスタイム制で労使協定が不要となるケースは、「精算期間が1か月以内である場合」です。労使協定は精算期間が1か月を超える場合にしか必要とされません。厚生労働省からの通達にも次のように明記されています。
生産期間が1か月を超える場合には、労使協定を所轄の労働基準監督署長に届け出る必要があり、これに違反すると罰則(30万円以下の罰金)が課せられることがあります。精算期間が1か月以内の場合には届出は不要です。
以上のように定められているため、精算期間が1か月以内であれば労使協定を締結したり、労働基準監督署に届出たりする必要はありません。
フレックスタイム制の労使協定に必要な事項
不要となる場合もありますが、やはり労使協定を締結しなければならないケースは少なくありません。これからフレックスタイム制の導入を検討されているなら、労使協定に記載が必要となる事項について知っておきましょう。
事項①対象となる労働者の範囲
まず記載すべきは、対象となる労働者の範囲についてです。記載は個人名でも構いませんし、部署名、チーム名でも構いません。フレックスタイム制がどの範囲にまで適用されるのか明確にしておきましょう。
事項②清算期間
続いては精算期間についてです。精算期間は前述のとおり、1か月から3か月の間で自由に設定できます。ただし「起算日」を定めることが最も重要な注意点です。
たとえば「精算期間を3か月とする」との記載は誤りです。起算日が記されていません。「精算期間は毎月1日から末日までとして3か月とする」が正しい記載方法。精算期間は起算日を記し、具体的かつ明確に記載するようにしてください。
事項③清算期間における総労働時間
精算期間における総労働時間も記載すべき事項です。法定労働時間を超過しないように設定してください。
総労働時間が記載されていなければ、従業員全体に労働時間の差が生じてしまうこともあります。1か月あたりに働かなくてはならない時間を明記することにより、自分が働く時間を明確に把握できるでしょう。
事項④標準となる1日の労働時間
続いては標準となる1日の労働時間です。標準となる1日の労働時間が明記されていれば、労働者は自身の労働を管理しやすくなるでしょう。また年次有給休暇を取得する場合は、1日の労働時間が手当計算の基本となります。有給休暇を取得した際にどのくらいの賃金が得られるのか計算しやすくなるはずです。
フレックスタイム制は長期の期間で労働時間を計算するため、1日の労働時間が曖昧になりやすい傾向があります。しかし標準となる1日の労働時間を提示することにより、目安をつけやすくなり、手当金額もわかりやすくなるメリットがあります。
事項⑤フレックスタイム制における36協定の締結
フレックスタイム制を導入するなら、36協定を締結しておくことも必要です。36協定とは時間外労働や休日労働に関する、労働基準法第36条に関する協定のこと[2]。36協定を締結して労働基準監督署に届出ないまま、フレックスタイム制で残業をさせた場合は違法となってしまいます。
フレックスタイム制では日によって労働時間に変動があるため、1日8時間・1週間あたり40時間の法定労働時間を超過してしまうことがあるかもしれません。そのためあらかじめ36協定を締結しておくと、よりフレキシブルな労働環境を整備できるでしょう。
事項⑥コアタイム(任意)
記載に関しては任意の項目となりますが、コアタイムを記載しておくと労働者が働き方について把握しやすくなるでしょう。コアタイムとは「必ず出勤していなければならない時間帯」のことです。多くは休憩時間前後の日中の時間が指定されます。
ただしコアタイムは曜日によって変えたり、日にちによって定めたりもできます。また1日の労働時間とコアタイムがほとんど変わらないようであれば、フレックスタイム制とは認められなくなることにも注意が必要です。
労働者にとってのわかりやすさを重視するのであれば、コアタイムを明記しておきましょう。
事項⑦フレキシブルタイム(任意)
フレックスタイム制導入のための労使協定に明記しておきたい最後の項目は、フレキシブルタイムについてです。フレキシブルタイムとは、始業・就業時間の自由が効く時間帯のこと。たとえば9:00~11:00に出勤すること、18:00~20:00に退勤することとなっていれば、この時間帯がフレキシブルタイムです。
しかしフレキシブルタイムを労使協定に盛り込まなければならないわけではありません。ひとつ前の項目にあるコアタイムと同様に任意に記載することとなります。ただフレキシブルタイムを明記しておくと、労働者が自身の働き方をイメージしやすくなるでしょう。
フレックスタイム制の労使協定で規定すべき事項
フレックスタイム制の労使協定に必要な事項を解説してきましたが、そのほか規定すべき事項もあります。以下の8項目は規定が必要とされているため、労使協定を締結する際にあらかじめ確認しておきましょう。
事項①フレックスタイム制の適用外時間帯
まずはフレックスタイム制の適用時間帯についてです。もしフレックスタイム制を適用しない期間や時間があれば、労使協定について明記しておきましょう。たとえば年末年始やお盆中など、人が少なくなりやすい期間があげられます。職種によっては、繁忙期にフレックスタイム制で出退勤されると、人手が不足して困ることもあるかもしれません。
企業によってはコアタイムを設けない場合もあり、その際には適用外時間帯を設定しておくことが望ましいです。設けていないと深夜時間帯に労働が発生して、別途深夜手当を支給しなければならなくなることがあります。自社の事情に応じて、適用外時間帯を規定しておくべきです。
事項②休憩時間
フレックスタイム制の労使協定で規定すべき次の事項は、休憩時間です。休憩時間を固定させたい場合は、規定しておかなければなりません。たとえばコアタイム中に集中させたいなどの要望もあるでしょう。休憩時間を固定することにより業務の進行状況や、労働者同士のコミュニケーションが円滑になることも考えられます。
休憩時間を固定する場合は、その旨を労使協定に明記する必要があります。
事項③超過時間の取り扱い
続いて超過時間の取り扱いについても規定しておきたいところです。 超過時間とは、総労働時間を超過して働いたときに生じる労働時間のことです。フレックスタイム制でも時間外労働が発生することはあります。もし発生した場合、どのような取り扱いがされるのかを明記しておくと、勤怠管理の透明性が増すでしょう。
超過時間の取り扱いについての規定を明記するなら、労働時間の集計方法や賃金・手当の計算方法を記載しておくとトラブルを防ぎやすくなります。労働者も安心して働けるようになり、双方にとって有益です。
超過時間の取り扱いを明記して置くことは、フレックスタイム制をスムーズに運用するためのカギとも言えます。
事項④不足時間の取り扱い
不足時間の取り扱いについて規定しておくことも必要でしょう。フレックスタイム制を導入すると、まれに総労働時間が不足してしまうことがあります。労働者本人も気づかず、精算期間内の労働時間が規定に満たない場合も見られます。
そのようなときに、どのように対処するのかが不足時間の取り扱いについての規定です。不足分を次の精算期間に繰り越す、または賃金から控除するのが一般的な対処方法です。
フレックスタイム制を採用している限り、総労働時間が不足してしまうことは十分にあり得ます。その際にどのような対処をされるのか労使協定で明確になれば、労働者はより安心して働けるでしょう。トラブルに発展する可能性も低くなります。
事項⑤遅刻・早退・欠勤の取り扱い
遅刻や早退、欠勤についての取り扱いも念のため規定しておきたいところです。本来、フレックスタイム制を導入していれば、遅刻・早退・欠勤などの概念はありません。労働者がある程度自由に、始業時間と終業時間を決められるためです。
しかしコアタイムを設けている場合、コアタイムに遅刻してきたり、コアタイム中に早退する労働者がいるかもしれません。もしそれらを防ぎたいのであれば、フレックスタイム制の労使協定に明記しておくことが望まれます。どのようなときにどのような対処が行われるのか記載しておいてください。
事項⑥休日の取り扱い
続いては休日の取り扱いに関する規定についてです。所定の曜日を休日にする場合は、休日を明記するとともに、休日出勤が発生した場合の賃金計算法も明記しましょう。
休日出勤に関してはさまざまな要素が絡みます。手当の金額がいくらになるのか、振替休日や代休は発生するのか…。規定を設けて置かなければ、労使トラブルに発展してしまう可能性もあります。労使協定にて明記しておくことによって不要なトラブルを避けられるとともに、労働者も安心して働けるでしょう。
事項⑦フレックスタイム制の解除
もし必要であれば、フレックスタイム制の解除についての規定も記載しておきたいものです。フレックスタイム制を定時制に切り替えるのは容易なことではありません。しかし定時制に切り替えなければならない状況に置かれることもあります。
フレックスタイム制導入の課題は、労働者が自己管理を求められる点にあります。管理が不十分な場合、総労働時間の不足や残業過多につながる可能性があります。そのようなときに備えて、フレックスタイム制が解除される条件についても明記しておいてください。
事項⑧有効期間
労使協定の最後に明記しておきたいのが有効期間です。協定に記された内容が、どの期間中において有効とされるのかを明確にするために記します。
有効期間を記しながら、自動更新を行う旨も記載できるので、フレックスタイム制導入のための労使協定の最後に有効期間を明記しておくことが推奨されます。
フレックスタイム制導入時の注意点
これからフレックスタイム制を導入したいと検討されている方に向けて、3つの注意点を解説します。注意点も把握したうえで、適正な労働環境を整えられるようにしましょう。
注意点①時間外労働の取り扱いが変化する
まずは時間外労働の取り扱いが変化することについてです。フレックスタイム制では1日の労働時間が一定していません。そのため1日単位・1週間単位ではなく、1か月単位で労働時間を取り扱うのが基本です。
総労働時間を把握したうえで、1か月単位で時間外労働を算出する必要があります。
注意点②偏った働き方が不可能になる
フレックスタイム制とは言え、偏った働き方ができないことにも注意が必要です。たとえば精算期間3か月の企業において、1か月50時間以上働き、他の月の労働時間を減らすなどが考えられます。
上記の場合は時間外労働となってしまい、手当を支給しなければなりませんし、場合によっては労働基準法違反となる可能性があります。極端に偏った働き方はできないことを念頭に置いてください。
注意点③労働時間に合わせて賃金を調整する必要がある
労働時間に合わせて賃金を調整しなければならないことも注意点であると言えるでしょう。もし総労働時間が不足した場合は、賃金を減らさなければならないかもしれません。反対に労働時間が超過したなら、時間外労働として手当を支給する必要も生じます。
フレックスタイム制は企業が労働時間を管理しにくいため、労働時間に合わせてさまざまな調整をする必要が生じます。企業としても管理体制を整備することが重要です。
フレックスタイム制を採用するなら労使協定をしっかりと締結して
いかがでしたでしょうか?この記事を読んでいただくことで、フレックスタイム制における労使協定について理解を深めていただけたのではないでしょうか。労使トラブルを防ぐには、協定においてフレックスタイム制の詳細まで明記することが必要となるでしょう。
HRプラス社会保険労務士法人では、フレックスタイム制導入のためのサポートにも対応しております。フレックスタイム制の労使協定は複雑です。もし協定の締結についてお困りのことがございましたら、お気軽にお問い合わせください。
[1]
参照:厚生労働省:(PDF)フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き
[2]
コラム監修者
<資格>
全国社会保険労務士会連合会 登録番号 13000143号
東京都社会保険労務士会 会員番号 1314001号
<実績>
10年以上にわたり、220件以上のIPOサポート
社外役員・ボードメンバーとしての上場経験
※2024年支援実績:労務DD22社 東証への上場4社
アイティメディア株式会社(東証プライム:2148)
取締役(監査等委員)
株式会社ダブルエー(東証グロース:7683)
取締役(監査等委員)
経営法曹会議賛助会員
<著書・メディア監修>
『M&Aと統合プロセス 人事労務ガイドブック』(労働新聞社)
『図解でハッキリわかる 労働時間、休日・休暇の実務』(日本実業出版社)
『管理職になるとき これだけはしっておきたい労務管理』(アニモ出版)他40冊以上
TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』監修
日本テレビドラマ『ダンダリン』監修
フジTV番組『ノンストップ』出演