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公開日:2026.05.18

更新日:2026.05.18

会社分割と労務|従業員保護の手続きと実務ポイント

会社分割を検討する際、経営者や人事担当者が最も頭を悩ませる問題のひとつが労務対応です。
従業員の雇用はどうなるのか、どんな手続きが必要なのか、手続きに不備があれば後の紛争リスクにもなりかねません。

この記事では、労働契約承継法の概要から異議申し立て、退職金の取り扱いまで、会社分割に伴う労務の基礎知識と実務ポイントを体系的に整理します。

会社分割における労務の基本

会社分割は企業の事業を切り出して他社に移転する組織再編手法です。
その種類と、従業員の労働契約がどう扱われるかを把握することが、労務対応の出発点となります。

以下で、会社分割における労務の基本を押さえていきましょう。

吸収分割と新設分割の違い

会社分割には「吸収分割」と「新設分割」の2種類があります。
吸収分割は、既存の会社(承継会社)が分割会社の事業を引き継ぐ方法です。

新設分割は、新たに設立した会社(新設会社)に事業を移転する方法で、分社化や子会社設立に活用されます。
どちらの方法を採用するかによって、手続きの相手方や実務上のスケジュールが異なる点を押さえておきましょう。

ただし、従業員保護のために定められた法的手続きは、吸収分割・新設分割のいずれにも共通して適用されます。

労働契約はどうなるか

会社分割では、原則として分割会社に従事していた従業員の労働契約も、事業とともに承継会社や新設会社へ移転します。
転籍と異なり、従業員の個別の同意なく契約が移転する点が特徴です。

どの従業員の契約が移転するかは、分割計画書や分割契約書に記載された内容によって決まります。
記載がない場合は承継されないため、分割計画の段階で誰の契約をどちらの会社に帰属させるかを明確にしておく必要があります。

労働契約承継法の概要と目的

会社分割時に従業員を保護するために制定された法律が「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(労働契約承継法)です。

ここでは、法律の骨格と対象となる従業員の区分を整理します。

主従事労働者と非主従事労働者

労働契約承継法では、従業員を「主従事労働者」と「非主従事労働者」に分類します。
主従事労働者とは、分割される事業に主として従事している従業員のことです。
業務の過半数(おおむね50%超)を当該事業に充てている場合が目安です。

ただし実際には、従事時間・役割・業務量などを総合的に判断します。
主従事労働者は、分割計画書に「承継させる」と記載されていれば自動的に承継されるのです。
逆に記載がなくても、承継を希望する場合は異議申し立ての手続きで権利を主張できます。
非主従事労働者は、当該事業への従事割合が50%以下の従業員です。

分割計画書に承継の記載がない限り移転は生じません。
ただし記載がある場合は、承継させないよう異議を申し立てることができます。

労働契約が承継される条件

労働契約の承継には「分割計画書への記載」が前提条件となります。
記載の有無と従業員の区分(主従事・非主従事)を組み合わせることで、承継の可否が決まる仕組みです。
主従事労働者で分割計画書に記載がある場合は承継されます。

記載がない場合でも、異議申し立てによって承継を求めることが可能です。
非主従事労働者で分割計画書に記載がある場合は承継されますが、異議申し立てで拒否することもできます。
分割計画書に記載がない場合は承継されません。

会社分割前に必要な3つの手続き

労働契約承継法は、従業員保護のために会社に3つの手続きを義務付けています。
これらの手続きを正しい順序と期限内に行うことが、後の紛争回避につながります。

以下で、3つの手続きを紹介しますので参考にしてください。

7条措置(理解と協力を求める努力義務)

会社は分割の検討段階から、労働者(および労働組合)に対して分割の背景・目的・雇用への影響などを周知します。
従業員の理解と協力を得るよう努める義務があります。

これは努力義務ですが、対応を怠ると従業員からの不信感を招き、後の紛争リスクが高まるでしょう。
具体的な対応としては、説明会の開催や個別面談、書面での情報提供などが有効です。
早い段階から丁寧に情報を開示することが、円滑な組織再編の基盤となります。

5条協議(労働者との個別協議)

分割計画書を作成する前に、会社は分割の対象となる事業に従事する各従業員に対して個別に協議を行う必要があります。

法定の協議事項は以下4点です。

  • 分割後の承継会社等における従業員の地位、
  • 就業場所・業務の変更の見込み
  • 労働契約の内容の変更の見込み
  • 分割の理由・方針

実務上は1対1の面談を通じて進めるケースが多く、協議の記録は書面で残しておくと後の対応に役立ちます。
なお、5条協議が不十分だった場合でも、労働契約の承継自体は直ちに無効とはなりません。
ただし損害賠償請求の対象になりうるため、誠実な対応が求められます。

2条通知(書面による事前通知)

会社は、法律が定める通知期限日までに、従業員に対して書面で通知しなければなりません。
通知から異議申し立て期限日まで、少なくとも13日間を置くことが義務付けられています。

通知には法定の5項目を記載します。

  • 分割の種別
  • 承継会社等の名称と住所
  • 効力発生日
  • 当該従業員の主従事区分
  • 労働契約の分割計画書

この通知に不備があると、従業員が異議申し立ての機会を失うおそれがあります。
法定事項を漏れなく記載した書面を、確実に手渡しまたは郵送で届けることが大切です。

従業員の異議申し立て

2条通知を受け取った従業員は、一定の期間内に異議を申し立てることができます。
以下で申し立てができる従業員の範囲と、手続きの流れを確認しておきましょう。

異議申し立てができる従業員の範囲

主従事労働者は、分割計画書に承継の記載がない場合に異議を申し立てることで、自身の労働契約を承継会社に移すよう求めることができます。
記載がある場合は申し立て不要で、承継の対象となる点が特徴です。

非主従事労働者は、分割計画書に承継の記載がある場合に異議を申し立てることで、承継を拒否して分割会社に残ることができます。
言い換えれば、残留を望む場合に手続きを取る、という位置付けです。

申し立て期限と手続きの流れ

異議申し立ての期限は、2条通知を受けた日から少なくとも13日間が設けられています。
従業員は書面で会社に異議を申し出る形です。
異議が認められた場合、主従事労働者は承継会社に移転し、非主従事労働者は分割会社に残留します。

期限内に申し立てを行わなかった場合、その従業員には分割計画書の記載通りの扱いが適用されます。
会社側としては、通知書に「異議申し立ての期限」を明記し、従業員が期限を正確に把握できるよう配慮しましょう。

退職金・勤続年数・労働条件の承継

労働契約が承継される際、処遇に関わる重要な事項がどう扱われるかは、従業員にとって最大の関心事のひとつです。

以下で詳しく解説しますので参考にしてください。

承継される労働条件の範囲

労働契約が承継される場合、その時点での労働条件(賃金・労働時間・職位・職務内容など)はそのまま引き継がれます。
承継会社が一方的に労働条件を変更することは原則として認められません。
福利厚生についても、就業規則や労使協定に基づいて設定されている場合は承継の対象です。

ただし、社員食堂や社内クラブ活動など会社全体の福利厚生は、承継後に利用できなくなるケースもあります。
その場合は事前に取り扱いを確認し、従業員に説明することが求められます。

退職金制度の取り扱い

退職金については、就業規則または退職金規程の内容に応じた対応が求められます。
退職金規程が分割計画書の対象に含まれている場合、退職金算定の基準となる勤続年数は分割会社の在籍期間から通算されるのが原則です。

一方で、退職金規程が承継の対象外となっている場合や、承継会社が独自の退職金制度を設けている場合には、退職金の計算方法が変わることがあります。
この点は従業員にとって切実な問題であるため、5条協議の場での丁寧な説明が不可欠です。

企業年金(確定給付年金・確定拠出年金など)については、厚生労働省のガイドラインに基づいて引き継ぎ手続きが必要となります。
最新情報は厚生労働省の公式サイトでご確認ください。
手続きを失念すると従業員に不利益が生じるため、専門家とも連携して対応することをおすすめします。

なお、退職金制度が承継の対象外となる場合は、分割後の新会社で独自の制度を整備するか、分割会社での勤続期間分の受給権を確定させる対応が必要です。

会社分割における労務対応の実務ポイント

制度の理解と合わせて、実務での対応を確実に進めるために押さえておきたいポイントをまとめます。
以下で解説しますので、確認していきましょう。

労務デューデリジェンスの重要性

会社分割を検討する際、事前の「労務デューデリジェンス(労務DD)」を欠かすことができません。
労務DDとは、対象事業に潜む労務リスクを洗い出す調査のことです。

主なチェック項目は、未払い残業代の有無、労働協約・就業規則の内容、退職金債務の規模、社会保険の適用状況などです。
これらのリスクを把握しないまま分割を進めると、承継後に想定外のコストや紛争に発展する可能性があります。

主従事労働者の特定も労務DDの重要な作業のひとつです。
誰が主従事労働者に該当するかを事前に整理しておくことで、5条協議や2条通知をスムーズに進めることができます。
また、労務DDの実施は早いほど有利です。

意思決定の前段階から着手することで、分割スケジュールの策定と従業員への説明方針を準備する時間が十分に確保できます。
特に未払い残業代や社会保険の未加入などのコンプライアンスリスクは、承継後に発覚すると想定外のコストを招くため、事前の洗い出しが重要です。

HRプラス社会保険労務士法人では、労務DDからPMI支援まで一貫したサポートを行っています。

専門家への相談

会社分割の労務対応は、労働法・税務・社会保険にまたがる複合的な問題です。
社内だけで判断しようとすると、手続きの漏れや解釈ミスが生じやすくなります。

労働契約承継法の適用判断や従業員への説明資料の作成は、労働問題に精通した社会保険労務士や弁護士のサポートを活用するのが有効です。
分割規模が大きい場合や、労働組合が関与している場合は、早い段階からの専門家関与が円滑な手続き遂行につながります。

まとめ

会社分割における労務対応の核心は、労働契約承継法に定められた3つの手続き(7条措置・5条協議・2条通知)を正しい順序で実施することです。
主従事労働者と非主従事労働者の区分を正確に把握し、従業員一人ひとりへの丁寧な説明と協議が求められます。

退職金・勤続年数の承継についても事前に整理し、不明点は早めに解消しておくことが後のトラブル防止につながります。
会社分割の労務対応は複雑であるため、専門家によるサポートが有効です。

HRプラス社会保険労務士法人では、M&Aや会社分割に伴う労務デューデリジェンス・PMI支援を手がけており、実務的な視点から対応をサポートしています。
会社分割の労務問題でお悩みの方は、まずは相談窓口を活用してみてください。

コラム監修者

特定社会保険労務士

佐藤 広一(さとう ひろかず)

お問い合わせ

<資格>

全国社会保険労務士会連合会 登録番号 13000143号

東京都社会保険労務士会 会員番号 1314001号

<実績>

10年以上にわたり、220件以上のIPOサポート
社外役員・ボードメンバーとしての上場経験
※2024年支援実績:労務DD22社 東証への上場4社
アイティメディア株式会社(東証プライム:2148)
取締役(監査等委員)
株式会社ダブルエー(東証プライム:7683)
取締役(監査等委員)
株式会社エージェントグロー 取締役
経営法曹会議賛助会員

<著書・メディア監修>

M&Aと統合プロセス 人事労務ガイドブック』(労働新聞社)
図解でハッキリわかる 労働時間、休日・休暇の実務』(日本実業出版社)
管理職になるとき これだけはしっておきたい労務管理』(アニモ出版)他40冊以上

TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』監修
日本テレビドラマ『ダンダリン』監修
フジTV番組『ノンストップ』出演