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公開日:2026.05.18

更新日:2026.05.18

就業規則の統合とは?合併時の手続きと注意点

合併や会社分割、M&Aなどで複数の会社や事業部門がひとつになる際は、就業規則の統合が必要になる場合があります。
賃金や労働時間、休日、休暇、退職、懲戒などのルールが異なるままでは、従業員間の不公平感や労使トラブルにつながるおそれがあります。
統合を後回しにすると、旧会社ごとの運用が残り、人事制度の見直しが複雑になりがちです。

この記事では、就業規則を統合する目的や進め方、注意点を解説します。

就業規則の統合とは

就業規則の統合とは、複数の会社(または事業部門)がひとつになる際に、それぞれ異なる就業規則を整理・調整してひとつの規則体系に統一する手続きをいいます。

就業規則は賃金・労働時間・休日・休暇・懲戒などあらゆる労働条件の根拠となる文書です。
統合を適切に行わないと、同じ会社内に異なる労働条件が並存し、従業員間の不公平感や労使トラブルの原因になりかねません。

労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対し就業規則の作成・届出を義務付けるものです。
組織再編後の新体制でも、適正な就業規則の整備が求められます。

加えて、就業規則の統合は単なる書類作業ではなく、合併後の企業文化を統一し、従業員の帰属意識を高めるうえでも重要な役割を果たします。
M&Aの計画段階から就業規則の取り扱い方針を検討し、デューデリジェンスの段階で各社の規程差異を洗い出しておくことで、合併後のスムーズな統合実現につながるでしょう。

統合のタイミングが遅れると旧社ごとの慣行が温存され、人事制度全体の再設計が一層複雑になるため、早期着手が欠かせません。

合併時の就業規則はどうなる?3つの統合アプローチ

合併には吸収合併と新設合併の2種類があり、それぞれ就業規則の承継の仕組みが異なります。
どちらの形態でも、統合後の体制に合わせて就業規則をどう取り扱うかを早期に方針を固めることが求められます。

以下で、3つの統合アプローチについて詳しく見ていきましょう。

吸収合併・新設合併での承継の仕組み

吸収合併とは、一方の会社(消滅会社)が他方の会社(存続会社)に吸収される形態です。
この場合、会社法第750条の規定により、消滅会社の権利義務は包括的に存続会社へ承継されます。
就業規則も権利義務の一部として承継されるため、消滅会社の従業員には原則として合併前の労働条件が引き続き適用されます。

一方、新設合併とは、複数の会社が解散してひとつの新会社を設立する形態です。
会社法第754条に基づき、消滅する各会社の権利義務が包括的に新設会社へ移転し、各社の就業規則も同様に引き継がれる仕組みです。

いずれの場合も合併直後は旧来の就業規則がそれぞれ有効に存在し続けるため、早期に統合方針を決め、従業員へ周知することが求められます。

統合の3つのアプローチ

合併後の就業規則の取り扱いには、大きく分けて3つのアプローチがあります。
第1は完全統合です。
旧来の就業規則を廃止し、合併後の全従業員に適用される新たな就業規則を一から策定する方法です。

労働条件を統一できる一方で、一部の従業員にとっては不利益変更となる可能性があるため、後述の手続きを慎重に踏む必要があります。

第2は暫定存続です。
旧就業規則をそれぞれ一定期間そのまま適用し続け、段階的に統合を進める方法です。
急激な変更を避けられる反面、複数の就業規則が長期間並存するため管理が複雑になります。

第3は選択適用です。
いずれか一方の就業規則を基準として採用し、もう一方の会社の従業員にも適用を拡大する方法です。
選択される側の従業員には不利益変更が生じる場合があり、合理的な理由と丁寧な説明が欠かせません。

就業規則統合の手続きと流れ

就業規則の統合は、手続きを正確に踏まなければ後から労使トラブルに発展するリスクがあります。
以下の4ステップを順番に進めることが基本的な進め方です。

Step 1:現行規則の洗い出しと比較分析

まず、統合に関わる全社の就業規則・賃金規程・育児介護休業規程など関連規程を一覧化します。
各条項を対照表にまとめ、労働条件の差異を項目ごとに明確にしておくことが大切です。

特に賃金・賞与・退職金・所定労働時間・休日・有給休暇の取り扱いは従業員の関心が高く、差異が大きい場合には影響範囲が広くなるため優先して分析します。
各規則の策定経緯や労使慣行を事前に把握しておくことは、従業員からの質問への円滑な対応に不可欠です。

比較分析は表形式にまとめ、どの条件が有利でどの条件が不利かを一覧で把握できるようにしておくと、その後の統合設計を効率よく進めることができます。

Step 2:不利益変更の有無を確認する

比較分析の結果をもとに、統合後の就業規則で従業員の労働条件が引き下げられる項目がないかを確認します。
不利益変更が生じる場合には、後述する労働契約法の要件に基づいた対応が必要です。

不利益変更がない場合でも、変更内容を従業員にわかりやすく説明することで、不安や誤解を防ぐことができます。
この段階で弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談し、法的リスクを洗い出しておくことが推奨されます。

Step 3:労使協議・意見聴取

就業規則を新たに作成または変更する際は、労働基準法第90条に基づき、過半数代表者(または過半数組合)の意見を聴取する必要があります。
意見聴取は単なる形式ではなく、実質的な協議を行うことが信頼関係の維持につながります。

不利益変更を伴う場合には特に丁寧な説明を行い、従業員の理解と合意形成を図ることが重要です。
協議の日時・内容・出席者・意見の概要を記録として残しておくと、後のトラブル防止に役立ちます。

tep 4:届出と周知

就業規則の作成・変更後は、所轄の労働基準監督署への届出を行うことが求められます。
届出時には、就業規則本文と意見書を併せて添付する形式です。

また、労働基準法第106条に基づき、就業規則を全従業員が確認できる形で周知することが義務付けられています。
社内イントラネットへの掲載や書面配布、説明会の開催などを組み合わせ、確実に周知を図ることが大切です。

周知が不十分な場合は就業規則の効力が否定されることもあるため、周知方法と日時の記録も残しておきましょう。
届出後も、就業規則の内容変更があった際は速やかに再届出と再周知を行うことが法令遵守の観点から求められます。

不利益変更への対応と合理性判断

就業規則の統合において最も慎重な対応が求められるのが、不利益変更への対処です。
適切な手順を踏まない不利益変更は、従業員との間で重大なトラブルを引き起こす可能性があります。

以下で、適切な対応と判断について見ていきましょう。

労働契約法9条・10条の規定

労働契約法第9条は、使用者が就業規則の変更によって一方的に労働条件を不利益に変更することを原則として禁じています。
ただし、同法第10条は例外を認める規定です。

変更が「合理的」であり、かつ従業員への「周知」がなされている場合には、変更後の就業規則が労働条件の内容となる、というものです。
合併に伴う就業規則の統合においても、この合理性と周知の要件を満たすことが求められます。

なお、個々の労働者が就業規則の変更に同意した場合には、その同意が合理性の判断にも影響する場合があります。

合理性判断の5要素と重要判例

最高裁は「大曲市農協事件」(最高裁昭和63年2月16日判決)において、不利益変更の合理性を判断する要素を示しました。
その後の労働契約法第10条では、合理性の判断要素として以下、5点が明示されています。

  • 労働者の受ける不利益の程度、
  • 労働条件の変更の必要性
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合等との交渉の状況
  • その他の事情

これらの要素を総合的に考慮したうえで、合理性の有無が決まる仕組みです。
不利益の程度が大きいほど、変更の必要性や相当性についてより高いハードルが課されると解されています。

賃金や退職金など従業員にとって重大な労働条件を引き下げる場合は、特に慎重な対応が求められます。

実務対応のポイント

不利益変更が避けられない場合は、補償措置や経過措置の設定が有効です。
例えば、賃金水準が下がる場合に経過期間中の差額補填を行ったり、退職金算定の激変緩和措置を設けたりすることで、従業員への影響を段階的に吸収する方法が取られています。

また、労働組合や過半数代表者との誠実な協議を重ねたプロセスを記録として残しておくことは、後の紛争リスク低減にも有効です。
個別同意を取り付けることも重要な選択肢であり、従業員一人ひとりに変更内容を丁寧に説明し、書面での合意を得ることで法的リスクを大幅に下げることができます。

さらに、社会保険労務士や弁護士などの専門家を早期に関与させることは、手続き全体の品質向上と行政対応の両面で有益です。
特に複数拠点にまたがる統合や外国人労働者が在籍するケースでは、適用法令の整理が複雑になるため、専門家による事前チェックが強く推奨されます。

組織再編の種類別・就業規則の取り扱いの違い

組織再編には合併のほかに会社分割や事業譲渡などの形態があり、それぞれ就業規則の取り扱いが異なります。
自社の再編形態に応じた適切な対応を選択することが大切です。

以下で詳しく解説しますので、参考にしてください。

会社分割の場合

会社分割では、分割される事業に関する権利義務が包括的に承継会社または新設会社に移転します。
このとき、分割される事業に従事していた労働者の労働契約も、原則として承継される扱いです。

ただし、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(労働契約承継法)により、異議申し立てや労使協議の手続きが別途必要となります。
就業規則は分割後の新体制に合わせて整備し直す必要があります。

事業譲渡の場合

事業譲渡は合併や会社分割と異なり、権利義務が包括的に承継されるのではなく、特定の資産・負債・契約を個別に移転させる手続きです。
労働契約についても個別の同意が必要であり、就業規則は自動的には承継されません。

譲受会社は自社の就業規則のもとで新たに雇用契約を結ぶことになるため、譲渡元の労働条件との差異が生じる場合は、従業員への十分な説明と合意形成が不可欠です。
事業譲渡後に新たな就業規則が適用される従業員に対しては、変更点を丁寧に説明する機会を設けることが信頼関係の構築にもつながります。

なお、事業譲渡においては退職金制度や各種手当の取り扱いが、特に注目を集める点です。
譲渡前の条件と大きく乖離する場合は、経過措置や補填策を事前に設けることで従業員の不安を軽減できます。

雇用継続の意思と処遇の方針を書面で明示することは、優秀な人材の確保にも有効です。

まとめ:就業規則の統合を成功させるために

就業規則の統合は、単なる書類の整理ではなく、従業員の労働条件に直結する重要な法的手続きです。
合併・会社分割・事業譲渡のいずれの形態でも、現行規則の比較分析・不利益変更の確認・労使協議・届出・周知という一連のプロセスを丁寧に進めることが求められます。

特に不利益変更を伴う場合は、労働契約法第10条の合理性要件を満たすだけでなく、従業員への誠実な説明と補償措置の検討が欠かせません。
組織再編のスケジュールは往々にして短期間で進むため、早い段階から就業規則の統合計画を立て、専門家を交えた体制を整えることが成功の鍵となります。

M&A・組織再編に際した就業規則の統合は、専門的な知識と実務経験が求められる業務です。
HRプラス社会保険労務士法人は、M&A労務デューデリジェンスから就業規則の統合支援まで一貫してサポートしています。
組織再編に伴う労務課題でお困りの際は、専門家へ早めにご相談されることをおすすめします。

コラム監修者

特定社会保険労務士

佐藤 広一(さとう ひろかず)

お問い合わせ

<資格>

全国社会保険労務士会連合会 登録番号 13000143号

東京都社会保険労務士会 会員番号 1314001号

<実績>

10年以上にわたり、220件以上のIPOサポート
社外役員・ボードメンバーとしての上場経験
※2024年支援実績:労務DD22社 東証への上場4社
アイティメディア株式会社(東証プライム:2148)
取締役(監査等委員)
株式会社ダブルエー(東証プライム:7683)
取締役(監査等委員)
株式会社エージェントグロー 取締役
経営法曹会議賛助会員

<著書・メディア監修>

M&Aと統合プロセス 人事労務ガイドブック』(労働新聞社)
図解でハッキリわかる 労働時間、休日・休暇の実務』(日本実業出版社)
管理職になるとき これだけはしっておきたい労務管理』(アニモ出版)他40冊以上

TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』監修
日本テレビドラマ『ダンダリン』監修
フジTV番組『ノンストップ』出演